モノが長く使われる社会の実現を目指すナガク株式会社が運営するウェブマガジン「NAGAKU MAGAZINE」では、その文化を体現するプロフェッショナルを紹介する連載『NAGAKU People』を始めました。リペアやリメイクを行う職人はもちろん、様々なプロジェクトに携わる方を紹介します。
今回ご紹介するのは、京都府京都市で金彩作家として活動する「金彩上田」の上田奈津子さん。金彩とは、金や銀の箔、金粉などを糊で接着し、装飾する日本の伝統的な技術です。室町時代に始まり、安土桃山〜江戸時代にかけて茶の湯文化や友禅染の発展とともに広がっていきました。着物の世界では友禅を華やかに装飾する最終工程として用いられ、職人の感性と熟練の技が求められます。
現在、上田さんは、同じく金彩作家のお母様とともに立ち上げた「金彩上田」で職人として働くかたわら、着物以外のコラボレーションやSNSでの発信など、金彩を広める活動にも取り組んでいます。
「幼い頃から、金彩や伝統工芸が身近にあった」という上田さん。「金彩上田」を立ち上げるまでの経緯や、金彩によるリペアの魅力、そして今後の展望について、お話を伺いました。
金彩作家の母と、工房を立ち上げるまで
——はじめに、上田さんの経歴を教えていただけますか?
上田さん:社会人として最初に就職したのは、タータンチェックを扱う専門店でした。タータンチェックは、スコットランド発祥の伝統的な格子柄の織物で、地域や氏族ごとに異なる柄が受け継がれてきたものです。柄の種類や織りの技術など、その地域ならではの文化や、専門的な知識に触れることが多くありました。
そうした環境で働くうちに、自分のルーツやアイデンティティについて考えるようになったんです。母が金彩の仕事をしていて、幼い頃からそれを当たり前のように見ていましたが、自分が大人になって家を離れてみて、それは貴重なことなんだと改めて気づかされました。また、周りの友人にも伝統的な仕事をしている人がたくさんいたこともあって、伝統工芸の世界に入ってみようと思ったんです。
とはいえ、まさか自分が金彩作家になるなんて、昔の私が知ったら驚くと思います(笑)。伝統工芸で生計を立てられる人はほんの一握りですし、決して楽な道ではありません。でも、だからこそ今は上を目指して進むしかない。そう思いながら日々取り組んでいます。

——そこから、どのような経緯で「金彩上田」を立ち上げることになったのでしょうか?
上田さん:まずは母の元で修行を積みました。工房には2人しかいないということもあって、わからないことは積極的に聞いて教えてもらい、実践的な内容にもどんどん挑戦させてもらえました。結果的に、かなりスピーディに技術を習得できたので、母に教わったのはよかったですね。

2年ほど修行したのち、受託だけでやっていくのが難しいという背景から、母と「金彩上田」を立ち上げました。着物の世界は基本的に分業制なので、金彩は着物を作る工程のほんの一部でしかありません。少しずつ仕事をもらうことが多いので、まとまったお金が入る仕事ではないんです。
加えて、私自身が「着物だけを仕事にするのは今の時代に合っていない」と考えていたこともあり、だったら自分たちでやっていけばいいんじゃないかと思ったんです。自分たちの工房を持つのは大変ですが、どっちにしろ苦しいなら、新しく進んでいける方がいいと思い切りましたね。

柄を足したり、汚れを隠したり…金彩でできることはさまざま
——お母様と2人で「金彩上田」を営まれていますが、どのように役割分担をしていますか?
上田さん:母は着物全般の金彩やリペアなどを担当していて、私はお客様へのご提案や、金彩に関する動画撮影や編集、SNS運用など広報的な役割が多いです。
「金彩上田」は着物がベースにありますが、私としては「金彩を広めたい」という思いも強いので、SNSでは着物以外の写真もたくさん載せるようにしています。特に、「金彩上田」が運営しているブランド「YOROKO」や、私個人が運営しているアートワークブランド「kenary」では、着物以外の布地をベースにアートパネルやトートバッグなどを展開し、金彩でさまざまな表現に挑戦しています。
——「金彩上田」は着物がベースとのことですが、リペアの依頼も多いのでしょうか?
上田さん:かなり多いですね。お客様の中には、おばあさま、お母様、ご依頼主様というように3世代にわたって受け継いできた着物を持ってきてくださる方もいます。昔の着物をそのままのデザインで着るのも素敵なのですが、「牡丹の花を白じゃなくて赤にしたい」「もっと派手にしたいから柄を足してほしい」といった希望をされる方もいて、着物の柄を活かしながらアップグレードをするお仕事もあります。
ほかにも、「災害で着物に泥が付いてしまったのだけど、結婚式に着ていけるようにしてほしい」と依頼されたこともあります。通常、汚れてしまった着物を洗う場合は「洗い張り」と言って、着物をほどいて反物の状態に戻して洗い、再度仕立て直すことが多いのですが、この方法だと時間もお金もかかります。このときのお客様は、結婚式までそんなに時間がないとのことだったので、金彩を施したり柄を足したりすることで、汚れを隠すご提案をしました。「洗い張り」に比べて時間もかかりませんし、費用も抑えられるので、喜んでいただけましたね。


——一口にリペアといっても、さまざまな方法があるのですね。
上田さん:そうですね。ただお直しするのではなく、金彩ならではのご提案ができるのはうちの強みだと思います。先ほどの汚れを金彩で隠すのもそうですし、ほかにも破れている箇所に裏から当て布をし、表側に細かく金彩を入れて刺繍のように見せることもできます。これは他ではあまり見たことがない方法なので、金彩を密に入れられるという技術あってのリペアかなと思います。

——ほかにも「金彩上田」の特徴や強みはありますか?
上田さん:技術的な面で言うと、母の施す金彩は情緒的で臨場感があります。母は、線を細くしたり太くしたりと抑揚をつけるのが上手くて、絵に色気が出るんです。それは母の個性であり強みだと思いますね。
一方で、私は絵を描くのが得意なので、絵付けから金彩まで一貫して仕上げることができます。一般的に、金彩屋はあくまで金彩のみを担当することが多いので、イチから絵を描くことはあまりしないんです。私は金彩を使ったアート作品を作っていることもあり、金彩だけでなく絵のご提案をさせていただくこともあります。
一生に数回着るだけでも、大事な服があるのは素敵なこと
——着物を3世代に渡って受け継いでいるというお話もありましたが、リペアをして受け継いでいくことの魅力は何だと思いますか?
上田さん:リペアでは昔の着物を扱うことも多いのですが、デザインが素晴らしいものがたくさんあるんですよね。その時代の空気感やヴィンテージ感は、新品の着物では絶対に出せないんです。金額によっては新品を買った方が安いこともありますけど、そしたらそのデザインは諦めなきゃいけなくなる。それってすごくもったいないと思うんです。せっかく大事にしてきた着物があるのなら、リペアも取り入れつつ、ぜひその時代の雰囲気を楽しんでほしいなと思いますね。
——今後、上田さんが挑戦していきたいことはありますか?
上田さん:金彩をまず知ってもらう、そして広めていくための活動は今後も続けていきたいと思っています。着物はもちろんですが、金彩をアートやアクセサリーとして発信したり、ブランドや企業とのコラボレーションも積極的にやっていきたいです。

ほかにも、最近は金彩のワークショップも始めていて、さまざまな年代の方に参加していただいています。金彩って工程が複雑なので、口で説明してもわかりにくいんですよ。だから実際にやってもらうことで、金彩への理解が深まったらいいなと思っています。あと、たまに「小さいサイズの金彩ならすぐできるでしょ」と思っている方もいるんですが、たぶん皆さんが想像する以上に大変で時間もかかるんです。ワークショップを通して、金彩をはじめとした伝統工芸の価値をわかってもらえたらうれしいですね。

——最後に、ものを長く使うことについて、メッセージをお願いします。
上田さん:大量生産で安い服をワンシーズンだけ着るのもいいですが、一生に数回しか袖を通さないとしても大切にしたいものがあるのは素敵なことだと思うんです。もちろん、メンテナンスには少し手間がかかるかもしれませんが、「大変そうだから」という理由で諦めるのはもったいないですよね。
直したり手入れしたりすることを、もっと気軽に考えてもらえたら嬉しいです。私たちは、そうした“誰かの大切なもの”に寄り添う存在でありたいと思っているので、気軽に声をかけてみてほしいですね。

















